lazy daisy chain

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大事

大切

そんなのはまやかし

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Appleで初代Macintoshの開発に携わったジェフ・ラスキンの研究によれば、画面全体がパッと切り替わると、人間がそこに何が映っているのか認識して実際の作業に頭を切り替えるまで、3秒から9秒くらいかかるとされています。しかし、画面が滑らかに切り替わった場合、人間は思考を途切れさせないのでそうした「頭の切り替え時間」がかからないことになります。また、アプリを終了してホーム画面に戻るときは逆にアプリの画面が画面の中央に小さくなって消えていくエフェクトで終了します。これも、同じように思考の切り替え時間を減らすための工夫です。
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222 Trader@Live! sage 2009/03/09(月) 17:33:20 ID:theOJNI1
1550.50
»207
だから、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の宗教戦争は
「勝手に人のキャラ使って同人作るな!」
「うるさい弱小サークル!ウチの同人誌が万部売ったんでお前んとこも有名になったんだろうがヨ!」
「カップリング(解釈)が違うサークルは認め無ーい!」
で、大体説明がつく。

まあ、キリスト教系に限らず宗教戦争なんて皆そんなもん。
コミケ会場みたいに皆それなりに仲良く同居している日本やインドが珍しいんであって。

234 Trader@Live! sage 2009/03/09(月) 17:44:53 ID:XiXh+xcQ
»222
それが日本やインドだとキャラが違っても、カップリングが違っても
うちはうち。向こうは向こうで終わってしまうのが面白いところ
日本なんかだとみんなに馴染めない人はオンリーイベント(諏訪信仰とか)始めちゃうし
インドだと別の作家さん(宗派)の人気キャラ(神様)と、自分とこのキャラとの二次創作
とか始めちゃうし調べてみると中々に面白い

261 Trader@Live! sage 2009/03/09(月) 18:14:42 ID:XiXh+xcQ
»251
原作「神との契約と十戒(旧約聖書)」
原作者はモーゼ。原作者マンセーだが、初期からのファン以外は認めないという
徹底的な排他主義で他のジャンルから煙たがられる(ユダヤ教)

キリストが原作を元に「お父様と私(新約聖書)」
発表。それによって、初期のファン以外にも門戸が広げられるが、時代を追うに従
って、二次創作のサークルが次々に乱立。しかも、最大手(バチカン)の利益追求
主義のぼったくり商売で、暗黒時代到来(キリスト教)

志のあるファンの一人(ムハンマド)
原点主義に帰って「俺達と神様(コーラン)」発表
原作至上主義者も、二次創作至上主義者も同じジャンルなんだし仲良くしようぜと
良いことを言うも、余りにも質実剛健すぎる作風から他の二者からは敬遠され気味
しかも、近代に入り「俺達と神様(コーラン)」以外はみんな邪道。原作とかしったこ
っちゃねぇ(原理主義者)とか現れて色々大変なことに(イスラム教)

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魔女の宅急便 不在受付センターです
dukkha3 (via dj-satosato) (via nemoi) (via taizooo) (via kml)
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以前、大学の研究助成金の一部で6800円の「扇風機」を買ったことがあった。
年度末の査定で「これには支出できません」と言われた。
そういわれればそうかと、納得してしまった。
書籍やパソコンは直接「知性」に働きかけるのだが、扇風機は「身体」に働きかける。
研究助成は「知性」を支援するが、「身体」には触れてはならない。
たぶんそういう理解でよろしいかと思う。
今回の事業仕分けは「研究のための原資を個人の生活支援に投じるべきではない」という原則に基づいたのではないかと思う。
私はこの原則には異論がある。
研究の場合、個別的なプログラムを支援することと、そのプログラムに従事している研究者を支援することは、最終的には「同じこと」だと思っているからである。
それは大学で「評価」ということをしてわかった。
私が起案した評価方法は、教員たちのアクティヴィティを数値化して、その数値に基づいて研究費を傾斜配分し、場合によっては昇任昇格や俸給にもリンクさせようという、まことに「グローバリスト」的なものであった。
ところがちょっとやってみてわかったことは、数値化できるのは「どうでもいいこと」だけで、研究教育の本質にかかわる活動はまったく数値化できないということであった。
そして、もっぱら数値化できない部分において、教員たちの「オーバーアチーブ」は果たされていたのである。
評価はこの「オーバーアチーブ」をゼロ査定した。
そのせいで、大学の研究教育活動に貢献しており、同僚に信頼され、学生たちに慕われている教員と「そうでない教員」のあいだの「差」が見えなくなってしまった。
評価活動は「どの教員にも給料分の仕事をさせる」ことを目指している。
そのせいで、「もらっている給料の何倍分も働いている教員たち」のフリーハンドを縛ってしまった。
給料分働いていない教員のもたらす損失はせいぜい彼らの「給料分」でしかない。
しかし、給料分以上は働いている教員のモラルを損なうことで失われるものは「給料分」では済まない。
科学研究上のブレークスルーは研究者のオーバーアチーブによってしかもたらされない。
しかるに、オーバーアチーブは予見できず、マネージできず、利益誘導できない
誰が、いつ、どういうきっかけでブレークスルーをもたらすかは事前にはわからない。
だから、ブレークスルーを軸に考えるなら、「どうやれば研究者は給料分の働きをするか」ではなくて、「どうやれば研究者は給料分以上の働きをするか」というプラクティカルな問いに向かうべきなのである。
その上で私は、「研究者に給料分以上の働きをしてもらうためには、潤沢な資金と余暇を与えて、放っておくに如かない」と考えている。
これは私が経験から学んだことである。
もちろん、それで無駄飯を食う研究者も(少なからず)いるであろう。
けれども、給料を食いつぶす研究者を野放しにしておくのは、オーバーアチーブする研究者を生み出すための「コスト」なのである。
そしてこのコストは費用対効果を見るかぎり、きわめて低額であると私は思っている。
今回の事業仕分けは「無駄飯を食うな」という原則で行われているように思う。
政治家たちはたぶん「無駄飯」抜きで、投じた研究助成の「すべて」が国民的利益として還元されるような研究のありようを要求している。
それは知性のパフォーマンスはどうすれば向上するかというテクニカルな問題を一度も真剣に考えたことのない人間の言いそうなことである。
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理詰めで物事を考えることによって、
新しい発見をしたことは、私には一度もない。
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小沢訪中団は全員同じ飛行機でいったんじゃないだろうな。

もしそうだったら危機管理なさすぎだ。 テレンス・リーもびっくりだ。

不謹慎な期待しちゃう
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この世界は寒いうえに、なんか魚くさい。
2009/11 (a) (via kml)
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学問には即効性がもとめられ、広告には宗教と賭博(パチンコ)が残り、作品の評価は売上のみではかられる。いろいろなものがむき出しになった感じだ。
Twitter / 平川哲生 (via rpm99) (via otsune) (via 778) (via fukumatsu) (via budda) (via uessai-text)
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小沢一郎センセーのペースメーカー

は強弱のツマミがついている特注品で、「弱」にすればすぐに入院できる優れものらしい。